国際交流

国連世界高校生会議

国連国際学校(UNIS)マーク

国連世界高校生会議

1992年に、国連国際学校より、"第17回国連世界高校生会議"への招待状が山手に届きました。国連の本会議場で、世界から集まった20数ヶ国、400名以上の高校生が、その年のテーマについて英語でディベートします。1993年以後、毎年数名の代表を派遣しています。およそ学年末の3月に開催されます。

UNIS-UN2015を振り返って

高校2年6組 森 麻里永

今年の会議のテーマは”Sustainability:balancingpeople, planet, and profit”、訳すと、「持続可能性:人、地球、利益のバランス」である。人間はこれまで暮らしの利便性や技術の発展を追い続け、長い歴史の中では最近、他の生物や環境への悪影響が社会問題として存在するようになった。そこで私たちが目指すのがsustainability: 持続可能性だ。地球環境をできるだけ害することなく人間が豊かに安定して生きられるように、かつ利益も生みつつ、という非常に抽象的で難しいテーマだ。世の中のすべてはこれで成り立っており、今存在するすべての問題はsustainabilityに深く関わっていると言っても間違いではないと思う。このテーマには幅広い知識が必要だと思い、予習としてミレニアム開発目標MDGs、持続可能な開発目標SDGs、gender equality: 男女平等、climate justice: 気候正義(先進国が環境を破壊してきたことに責任を負うこと)、reselient cities: 回復力のある都市、冷戦以降の世界史sustainabilityが比較的実現されている北欧諸国の社会の仕組み、国連についてなどを主に勉強した。私は元々このような問題に興味があったため自分で持っていた知識もあったが、深く向き合ってみると全く知らなかったことがたくさんでてきた。

UNIS-UN conferenceでは6人のゲストスピーカーの基調講演、そしてそれぞれの後にQ&Asession、という流れだったが6人のスピーカーは異なった分野で活躍している方々で、話も性差別、気候や地球環境、スマートな都市について、と様々な方向からのアプローチがあった。医師、公衆衛生師でスウェーデンに拠点をおくギャップマインダー財団のディレクターであるハンス・ロスリングは統計や常識のようなものの真偽を問い、多くの間違いを指摘していた。私はこれまでそのような視点を持ったことがなく、指摘された内容は驚愕的であったため彼の講演はとても興味深かった。私が全体的に感じたのは、sustainabilityは多様な実現のされ方がありスピーカーたちが語っていたのはその一部で、私たちは各々に合った実現の仕方を探し、楽しみながら実践するのが理想的だということだ。テーマのBalancingpeople, planet, andprofitにもあるが、peopleにplanetのことを気遣わせようとしたらprofitなしでは動こうとしないし、sustainabilityのために金が動くと社会が注目してそのために投資したりしようとする人が多く出てくるはずだから、例えばエコポイントの制度は非常に良いアイデアだと思った。

私は滞在中ホームステイをしていたが、二軒目にお世話になった家庭の同い年のアメリカ人の女の子は、英語、スペイン語、日本語の三ヶ国語が使える。彼女は漢字の読み書きもでき、私たちは互いの勉強のために彼女は日本語で、私は英語で話をしていた。ひとつの会話に互いの言語を使うのはとても新鮮だった。UNISはインターナショナルスクールであるため多くの生徒が二ヶ国または三ヶ国の混血で、バイリンガルやトリリンガルであるという。また、UNISでは最低学年である幼稚園児から第二・三外国語のクラスに参加することができ、私が最終日に訪れたJapaneseclassではスウェーデン人とアメリカ人と日本人の混血の5歳児がスイミーの文章中の漢字にふりがなをふっていて唖然とした。彼女にとって日本語は第三外国語だという。

私はニューヨークで英語を母国語としない、色んな国の出身の色んな人種の人たちに出会ったが、日本人以外、皆「普通に」英語を難なく話せるのだ。発音など気にしていない。たとえばインドには独特の発音の"Indian English"というものが確かにあるし、ドイツから来た学生はドイツ語訛りで話していた。会議で最初に話があった韓国人の国連事務総長、潘基文氏も訛りが強くとても聞きやすいものだった。それでも彼らは堂々と自分の意見を主張する。彼らにとって大事なことは自分の意思を伝えることであり、その場では、言語はそれを果たすための道具に過ぎないのだとよく認識しているように感じた。一方、日本から来た学生は彼らのように英語を話せていないのだ。たとえば、小国でかつ近くに似ている言語圏を複数持つスイスと、島国である日本では地理的にかなり不公平だが、それでも一般に勤勉で学習能力が高いといわれている日本人がほかよりこんなに目立って劣っているというのはおかしな話ではないか。私は主に、英語教育の仕方と日本人の英語を話す意識に問題があると思う。言語は実際に使うために学ぶはずだが日本の一般的な英語教育では入学試験の道具として使う方しか好まれていない。だから生徒も、試験に出るような英語の知識はあるが聞いたり話したりすることに全く慣れていないため実際には使えないのだと思う。また、うまく発音ができないことが気になって話すのに抵抗がある人が多いと思う。しかし、大切なのは話の内容であるから発音を気にして話さないというのはナンセンスだと私は思う。それに英語は小さくモゴモゴとした声やあいまいな表現では伝わらない。思ったことをはっきり堂々と表現すべきだと私も学んだ。

最終日に私はUNISの授業に参加したが、それはまさに対話型だった。日本のように先生が一方的に話しているだけで生徒がいてもいなくても大して変わらないようなものとはかけはなれており、とても楽しかった。生徒たちは自由に疑問を投げかけ、先生は生徒が納得するまで自分の知識を語り続けていた。特に国語(English)のクラスが興味深かった。そのクラスでは課題として各自で読んできたエミールゾラの「テレーズ・ラカン」という心理小説に出てきたものに関連してそれぞれの思いついた"irony"について意見を出し合ったが、皆積極的に発言しユニークで発想豊かな意見が多く出た。彼らはいつもあらゆるトピックスに対して自分の主義・主張を持ち、友人との会話や家族の食卓でも意見交換をしていた。だから彼らは意見の主張と相手の意見に関心を向けることが自然にできるのだと思った。

私には留学や海外在住の経験はなかったがこの最高のチャンスを掴めたのは最後まであきらめず努力を続けたからだと思う。だから来年度の応募を少しでも考えている人には、帰国子女ではないし英語をうまく話せる訳でもないからといってあきらめずに、積極的にチャレンジしてほしい。私は昨年の春にこのプログラムの存在を知りすぐにたくさんの先生に聞き込みを始め、冬に応募の掲示があった時にはやっと来たかと嬉しくてたまらなかった。合格の自信は全くなく、また最終選考までに多くのものを犠牲にしてきていたため合格が分かったときには涙が出るほど嬉しかった。合格後は想像以上にハードな生活が続いたが、このテーマに存分に向き合い、多くのことを知り深く考える貴重な機会になった。勉強会では3人で、情報の共有や普段の学校ではできないディスカッションもたくさんでき、本当に楽しかった。Y校・市立東高校との合同勉強会での意見交換の機会もあり、今までにないとても充実した幸せな日々を送れたと思う。私はこのプログラムを通して自分の英語力と世界で起きていることに興味を持ちそれに対する意見を持って発信する意識の低さを痛感した。会議では話の内容をきちんと理解できないことがあったり外国人学生との意見を持って主張する力の違いに圧倒されそうになったりと何度も悔しい思いをした。しかしそれは必ず自分を伸ばすものになるためそれも含めて収穫だと思っている。私はこの経験で素晴らしいゲストスピーカーの主張や世界のハイレベルな学生からの刺激をたくさん受け、世界の予想以上の多様性・広さと自分の立っている位置を認識でき私がこれから努力すべきことが明確になった。

最後に、選考に関わってくださった先生方、引率してくださった中澤先生、アドバイスをくださった秋田先輩と水谷先輩、協力的にしてくださった合唱部の顧問の先生方と仲間の皆さん、いつも応援してくれた家族や友達、一緒に行ってくれた末吉さん渡戸さん、ニューヨークで出会った方々に、私にこの素晴らしい経験を与えてくださったことを感謝します。本当にありがとうございました。

UNIS-UN2015

高校2年10組 渡戸 佳乃

私がUNIS-UNの存在を知ったのは、約4年前にこの山手学院に入学した時でした。年間の行事にはどの様なものがあるのだろうと思い、学校から配られた表を見てみると、"UNIS-UN;国連世界高校生会議"の文字が目に飛び込んできました。祖父の家に集まった大勢の親戚が英語で会話をしている姿や、それぞれが住んでいる国について互いに話をしている姿を見てきた私は、小さい頃から国際的なことや世界に対する興味を持っていました。そのため、"国連"という文字は私にとってあまりにも魅力的で、インパクトの強いものでした。当時中学1年生だった私は、4年後のUNIS-UNに行くことを決心し、そこから特に英語に力を入れて勉強する日々をスタートさせました。

高校1年生11月のある日。ついに担任の先生からUNIS-UNの応募が始まったと聞き、私は誰よりも真っ先に申し込み用紙を取りに職員室に飛んで行きました。

第一次、第二次選考を突破していよいよ最終的な合格発表の日。職員室前に貼り出された合格者一覧の中に自分の名前を見つけた瞬間は、舞い上がることなく意外と落ち着いていて、よしっと確実にひとつのステップを乗り越えた感じでした。また、4年越しの夢を実現することができたので自分に対する自信が湧いてきました。

合格発表から出発日までは、私を含めた合格者3人で朝や放課後に勉強会を開いたり、各自で準備を進めていきました。しかし、どんなに準備をしても、空港へ行き飛行機に乗り込んでも、NYに到着しても、何の実感もありませんでした。国連のゲートで自分の名前が入ったバッジを手にして、実際に本会議場に入った時に初めて、自分は代表で、国連世界高校生会議に臨むのだという実感をすることができました。あの厳かで、それでいてどこか明るい今までに体験したことのない様な雰囲気は忘れられません。

会議では、ゲストスピーカー達がそれぞれの分野の話をして下さり、とても悔しいことに半分くらいしか理解できなかったものの、グラフや映像を見ながら様々なことを知ることができました。中には、国連のデータは間違っていると発言したスピーカーもいて、もっと積極的にまだ自分の知らない世界の知識を得たいと思うことができました。また、ゲストスピーカー達だけではなく、他国の学生達が大人に対して物怖じせずに自分の意見を堂々と述べる姿や、彼らの世界的な問題に関する知識の多さ・自分の意見を主張するために用いる予備知識の多さに驚かされました。いかに自分が今まで物事に対して意見を持ってこなかったかということを痛感しました。全てを理解することはできませんでしたが、国連本会議場でのUNIS-UNは、これからの人生において私を形づくる貴重な経験の1つとなりました。

今回私がこのUNIS-UNに参加して心からよかったと思うことがいくつかあります。もちろん、2日間にわたる会議は最高の経験ですが、NYに行くまでの過程もまた、素晴らしい経験となったと思っています。今まで私は、例えば日本の教育について誰かに自分の意見を聞いてもらいたいと思っても、普段の生活ではそのような機会がありませんでした。自分から作ろうともしていなかったのかもしれません。しかし、森さんと末吉さんと勉強会で互いに様々な国際問題に対する意見を聞きあい、議論をし、自分達なりの結論を出せた時は、授業や家庭学習では得られないような満足感に似た喜びが湧き上がってきました。今回のUNIS-UNに参加しなければ、このように自ら実際に国際問題について考え、議論し、結論を出すなどということはしなかったと思います。私は、何事もその行動を始めるまでが大変だと思っているので、UNIS-UN自体についてだけではなく、それまでの道のりも長く書きました。私は帰国子女ではありません。未だに英語を流暢に話せるわけでもありません。しかし、3回もの選考を突破し、合格することができました。このUNIS-UNプロジェクトは、高1から高3という幅広い範囲に平等に与えられた貴重なチャンスです。日本にはたくさんの高校がありますが、国連本会議場で世界各国の学生たちと会議に臨むというチャンスを与えてくれている学校は5~6校しかありません。そのうちの1校が、私達が通う山手学院なのです。これを読んで、皆さんが興味を持ち、今年はもっと大勢の希望者が出ることを心から望みます!もしかしたら一生に一度のチャンスかもしれません!まずはチャレンジしてみてください!

最後に、このUNIS-UNプロジェクトの選考に関わってくださった先生方、私達3人をNYへ引率してくださった中澤先生、相談にのってくださった良知先生と佐々木先生、担任の中村先生、アドバイスをしてくださった秋田先輩と水谷先輩、応援して送り出してくれた家族や先生方や友達、一緒に行ってくれた末吉さんと森さん、NYでお世話になった全ての方々に、こんなにも貴重な経験をする機会を与えてくださったことを感謝します。

ありがとうございました。

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