教育はロマンであり、夢であり、次の世代にかけた、我々の祈りである。
■山手学院は1966年に二人の先生によって設立されました。
その21年ほど前にさかのぼってみますと、当時の日本は第二次世界大戦に敗れ、横浜の地も、焼け野原でした。広島・長崎には原爆が投下され、多くの犠牲者と多くの悲しみをもたらしました。そのような時代に、南方から引き上げてくる船の甲板の上で、ひとりの若者が夜の星空を眺めていました。そして、美しく光る星に、死んでいった友を偲びながら考えました。
「俺たちの青春はいったい何だったのだろう・・・こんなひどい悲しみはもう沢山だ。俺たちのような残酷な青春を、次世代の若者たちに味わわせてはいけない。生き延びたこの私の命を、すべての若者の教育のために捧げよう」と。
■焼けただれた横浜の地で、青年の姉も、同じ気持ちでいました。彼女は並外れた行動力の持ち主で した。彼女はアメリカへ留学した経験を活かし、青少年に夢と希望を与える仕事を始めようと決意したのです。
この青年、松信幹男先生と、実の姉、江守節子先生こそ、山手学院を創設されたおふたりなのです。
■みなさんが主役となって、活躍する21世紀、私たちはさまざまな問題を抱えています。環境汚染、少年の犯罪、人口増加に伴う貧困の問題、奇病、核実験・・。みなさんはこうした問題を一つひとつ解決していかなければならないでしょう。これらはすべて、全世界、全地球規模で取り組まなければ解決できない問題です。そのとき、一人ひとりの人間としての品格や温かさ、教養、判断力、行動力がどれほど大切か、はかりしれません。
江守節子先生は、山手を卒業していく生徒たちにこう言いました。
「どんな状況も自分の足で乗り越えていかなければ意味がない。自分の夢を、けっして、あきらめてはいけないよ。」
「Never Never Never Give Up」と。
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